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公開日:2025年01月24日  
更新日:2024年12月27日

熟読と反復。「覚える」と覚悟を決めてやるのみ!

歌舞伎の家に生まれ、5歳で初舞台を踏んで以来、歌舞伎はもちろん、現代劇やミュージカル、ドラマ、映画と幅広い活躍をされている尾上松也さん。時に柔らかく、時にりりしく、時に妖しく、さまざまな役を演じています。ひっきりなしに出演オファーが舞い込む人気俳優は、一体どのようにして膨大なセリフを覚えているのか。そのリアルを伺いました。

幼い頃から自分の意思で決める

——歌舞伎俳優の家系でお生まれになり、ご両親からどのような教育を受けられましたか。

僕は5歳で初舞台を踏みましたが、両親の方針として、何歳であろうと、舞台をやりたいかやりたくないかの判断は、僕自身に委ねていたと思います。子役時代、舞台のお話をいただいたら、必ず僕に「このようなお話があるけど、やるか?」と聞いてくれていました。両親は「自分で決めなさい」と、それとなく促していたのではないかと。

父・六世尾上松助(右)に甘える幼少期の様子

——やはり幼少期から演じることに興味があったのですか?

純粋に、舞台に出て演じたかったですし、舞台にある種の達成感のようなものを感じていて好きでした。それから楽屋にいらっしゃる先輩の俳優さんや、裏方さんが好きだったというのもあります。皆さんがとても優しくしてくださったので、子役時代は楽屋の皆さんに会いに行くことが舞台に出る楽しみの一つでした。皆さんと一緒に遊びたかったんです。

歌舞伎の公演とは、大体1カ月ほど前に台本が届き、公演が始まる4〜5日前から出演者全員で合わせるのですが、父のお稽古は怖かったですし、先輩方にも緊張感がありました。ですので小さい頃は、お稽古はあまり好きではありませんでしたね。

ですが、家では小道具やかつらを作ったり、歌舞伎ごっこをして遊んだりしていましたね。そういう中で、歌舞伎の心のようなものが身についていったのだと思います。自分が出演させていただいた演目では、先輩方の演技もよく見ていましたし、セリフを覚えるのも苦ではありませんでした。

セリフはひたすら「読んで」覚える

——歌舞伎をはじめ、幅広いご活躍をされていますが、覚えるセリフの量は膨大だと予想されます。どのようにセリフを覚えていらっしゃいますか。

僕はとにかく何度も何度も読んで、反復して頭に入れるというやり方です。そのため、当然、覚える量が多くなれば多くなるほど時間はかかってしまいます。読むときは主に黙読ですが、ときには少し声に出したりしながら、という感じですね。とにかく何度も繰り返し読んで、まずはそのセリフを頭にたたき込む。意味や感情のようなことはひとまず置いておき、セリフを頭に入れた後で考えるようにしています。

歌舞伎でも、ドラマでも、セリフの覚え方は変わりません。まずセリフが入っていないことには、演技プランも何もできないですから。

——どれくらいの期間でセリフを覚えていますか。

正直に言いますと、お稽古に入る何日も前に台本があっても、頭に入らないんです。もちろん、場合によっては、公演をしながらドラマを撮影したり、ということもあるため、そういう時は無理やりセリフを入れますが、そもそも僕は、お稽古の直前にならないと集中力が高まらないタイプですので、基本的には一つの演目をやっている間に、別の演目を考えたり覚えたりすることは、僕はあまりできません。

いろいろなやり方の俳優さんがいらっしゃいますが、覚える範囲がとても多くても、基本は数日で覚えるようにしています。

——では、何回ぐらい読んで「頭に入った」と実感されますか。

台本にもよりますが、「その作品のストーリーを理解したら」でしょうか。例えば、歌舞伎の古典の演目でしたら、もうすでに流れなどはだいたい頭に入っていますし、セリフも聞き覚えのあるものが多いため早く覚えられます。特に「演じてみたい」と思っていた演目や役柄の場合は早いですね。一方、時間がかかってしまうのは初めて触れる作品です。新作や、現代劇などは一定時間かかってしまいますね。

覚える時は自ら「こもる」環境に追い込む

——セリフはご自宅で覚えることが多いのでしょうか。それともどこか別のところですか。

気分にもよりますが、自宅のリビングで反復することもあれば、カフェに行って集中することもありますし、時には自分の車の運転席で覚えることもありますね。

僕は音がない環境の方が覚えやすいので、車で覚えるときも駐車場など、人影のあまりないところを探します。家で覚えるときは、テレビや音楽はもちろん流しません。カフェに行くときなどはオープンな席より個室のようなところを選びます。

特に自宅のリビングで覚えるときは、セリフの分量が比較的少なめといいますか、自分にとってそこまで覚えることが苦ではない分量や範囲を選んでいます。やはりリビングには誘惑が多いので、ふとした瞬間にテレビをつけてしまったり、音楽を聞いたりしてしまいます(笑)。

——集中される時にカフェを利用されるとのことですが、いくつか定番のお店があるのですか。

最近気に入っているのは某コーヒーチェーン店ですが、一席ずつ区切られた空間になっている席がありまして、そこにこもることが多いです。本当に集中したい時には、そのようなカフェの仕切りのある空間や運転席といった狭い空間を選んでいますね。自らやらざるをえない環境に追い込むといいますか。カフェでも開放的な空間ですと注意散漫になってしまって覚えられないので。そういう点では、地方公演の際に滞在しているのホテルは覚えられます。静かですし、普段と違う環境というところが良いようです。

稽古開始の「前日」にセリフを覚えることも

——2024年11月末から始まる舞台『朧の森に棲む鬼(以下、朧)』にご出演されますが、セリフは難しかったですか?

あさってからお稽古に入りますが、正直、現時点(2024年10月末時点)でまだ一言も入ってないです。今日も覚える予定はなく、明日から少しずつはじめようかなと思っています。

お稽古も一気に全てやるわけではないですし。演出家によっては、お稽古初日から通しでやられる方もいらっしゃいますが、『朧』の演出である「劇団☆新感線」のいのうえひでのりさんは、シーンを分割して、「今日はここの場面」と決めて作り込んでいくスタイルのため、まずはお稽古するシーンを断片的に覚えていくつもりです。

松竹と劇団☆新感線がタッグを組み、2007年に初演された名作が“歌舞伎NEXT”として再演。シェイクスピアの『リチャード三世』を下敷きにした嘘と欲望に支配される男の物語で、極悪人の主人公・ライを松本幸四郎とWキャストで勤めた

——セリフが入った後に演技を体に入れていく、ということですか。

これも演出家によってやり方は全く異なります。最初からセリフも動きも、ある程度自由に演じてみて、という方の場合は、セリフも早めに入れた上で全部できるような状態にする必要がありますが、明確な指示や方向性がある方も多いので、その場合はあまり自分の中で固めすぎず、まずは演出の方に委ねてみようと思っています。『朧』の場合は、1シーンごとにいのうえさんの「こういうふうにしたい」という方向性が必ずありますので、まずはそこをできるようにすることですね。

——今まで共演された方で、セリフの覚え方や役作りにおいて、独特な方法をされていて、見習いたいと思った方はいらっしゃいますか?

役作りは人それぞれで、自分にはない発想や感覚を持っていらっしゃる方ばかりで、いつも勉強になります。歌舞伎の場合は、それぞれの俳優さんの個性がある上で、同じ型を演じるからこそ、その個性が際立つという面白さがありますが、一方で、古典演目などは、セリフや立ち回りがある程度決まっているため、「こういう風に演じるといい」と先輩方が道しるべを示してくださいます。そのため、あとはアレンジして自分のものにしていけばよいのですが、歌舞伎以外の演劇はゼロからお稽古していくため、今までその世界で勝負してきた方々が示す方向性は、発想が自由でとても勉強になります。

また、俳優さんの中には「台本を画像のように記憶できる」という方がいらっしゃいます。つまり、台本を開いて写真を撮るように頭にインプットするそうで、携帯で写真を撮影するように、「自分のセリフはなんだっけ」と、画像の中からセリフを思い出せばいいそうです。一瞬で覚えられてしまうなんて天性のものでしょうね。僕はその才能がとてもうらやましいです!

——すごい才能ですね。松也さんは集中して読み込んで覚えるタイプですが、集中力はどれくらい持ちますか?

やはり2〜3時間が限度で一度休憩を入れないと難しいです。それから、ある程度、夜にバーッとセリフを覚えて、翌日、起きてすぐにもう一度復習すると早くセリフが入ります。この方法をとると完全に入りますね。

——なるほど。ご自身の「セリフ覚えの道筋」というものがあるのですね。では、集中して覚えている時間以外はいかがですか。セリフや演技のことを考えている時間が多いのか、また、あえて考えないようにしているのでしょうか。

「セリフを覚える」と決めた期間であれば、車を運転している時なども、頭の中ではずっと考えています。覚えた台本を家に置いて仕事に出かける時も、ずっと頭の中で反復しています。反復させることで、どんどん入っていく感覚があるといいますか。自分には何度も復習して叩き込む、ということしかできませんので。

一方で、「覚える」と決めるまでは一切考えません。そして、不思議なのですが、公演が終わると、驚くほどあっという間に忘れてしまいます。おそらく翌日ぐらいには。オンとオフではないですが、はっきりと、カチッ、カチッとスイッチのように切り替えてしまうんです。「覚える」と決めた期間はガッと集中して、終わったらスッと忘れてしまいますね(笑)。

近道はない。覚悟を決めてやるのみ

——それでは、今までの携わられた作品の中で、一番セリフを覚えるのに苦労された作品はなんですか。

去年(2023年)ですが、テネシー・ウィリアムズの『ガラスの動物園(以下、動物園)』という作品と、『消えなさいローラ(以下、ローラ)』という作品を一緒に上演する舞台に出演させていただきました。これは、世界中で上演されている名作戯曲と、そのオマージュといいますか、『動物園』の後日談を劇作家の別役実さんが『ローラ』という作品にされたものなのですが、登場人物が4人のお芝居である『動物園』にプラスする形で、二人芝居の『ローラ』が1時間強、ドッキングしたものでした。僕は主人公のトムを演じさせていただきましたが、出ずっぱり・喋りっぱなしの4時間。さすがに長かったため、本番ではだいぶカットされましたが、それでも膨大な量のセリフがありました。それを覚えようと台本を開いたとき、俳優人生で初めて「これは覚えられない」と思いました。

正直、「絶対にプロンプ(合図)を出してもらわないと」と思ったくらいです。もう驚愕の量で。だいたい、(他の作品では)長ゼリフがあったとしても「そろそろ終わるかな」とあたりがつくのですが、めくっても、めくっても、終わらない。ようやく終わったと思ったら、またすぐに長ゼリフ。『ガラス』のトム役のセリフを覚えるだけでも大変な状況で、もう一つプラスで1時間強のお芝居があるとなり、初めて心が折れかけました(笑)。

——どうやって克服されたのですか。やっぱり覚えられたわけですよね。

覚えなくてはならないので。それこそ、少しずつですが、1週間ほどかけてお稽古が終わってからも5〜6時間ずつ、カフェにこもって覚えていました。

渡辺えりさんの演出で、あまりにも膨大なセリフでしたので、渡辺さんは「最初は台本を持ちながらお稽古していいですよ」とおっしゃってくださったのですが、台本を持ちながらセリフを追いかけていては、もはやお稽古にならない状況でした。ただ読んでしまいますし、台本から目を離せなくなってしまう。繰り返しお稽古をしていればそのうちに覚えられる、という量ではなかったんです。「頭に入れる」と決めない限り、何度やっても覚えられない。周りの皆さんもセリフは多かったのですが、僕は主人公でしたし、僕が覚えない限りお稽古もうまく進まないと思い、早い段階で「覚える」と決めました。

——困難なセリフ覚えもやりきっていらっしゃるのは、やはり「演じることが好き」という気持ちがベースにあるのだと思いますが、「覚える」ということを伸ばすアイデアや努力はありますか。

もう覚悟を決めることです。覚悟を決めれば大抵のことはできるものです。僕の場合は、基本的に覚えることばかりで。毎月ことですので、努力も何も、常に実地訓練が続いている感じです。もう、何事も覚悟を決めることです。

——なるほど、納得です。では、最後に今後の展望をお聞かせください。

最近は自分が演者として立つだけではなく、いろいろな企画をしながら、ゼロから立ち上げるという機会も増えてきています。今後は俳優だけではなく、様々な角度からアプローチをして、素晴らしい作品を世に送り出せるよう活動をしていきたいと思っています。

PROFILE |尾上松也

1985(昭和60)年生まれ。父は六世尾上松助。 1990(平成2)年5月『伽羅先代萩』の鶴千代役にて二代目尾上松也を名のり初舞台。
2015(平成27)年からは、若手が中心となる新春浅草歌舞伎において『魚屋宗五郎』魚屋宗五郎役等の多くの大役を勤め、昨年は、「新作歌舞伎 刀剣乱舞」にて主演のみならず演出も手がけた。
近年は歌舞伎に留まらずミュージカル、テレビドラマなど活躍の場を広げており、幅広い作品への出演を重ねている。

【尾上松也さんの最新公演情報】
博多座
令和7年2月4日(火)初日~25日(火)千穐楽
歌舞伎NEXT 『朧の森に棲む鬼』
松本幸四郎、尾上松也
■料金(税込)    A席 16,500円 B席 10,500円 C席 6,500円
■発売日              チケット好評発売中
■お問合せ           博多座電話予約センター 092-263-5555(10:00~17:00)

2015年に誕生した“歌舞伎NEXT”、待望の第二弾が来年2月博多座に初登場。歌舞伎NEXTとは、歌舞伎の新たなステージを目指して生まれた歌舞伎です。今回選ばれた演目は、劇団☆新感線の作品の中で屈指の人気を誇る『(おぼろ)の森に()む鬼』です。

悪に支配されるダークヒーローのライをダブルキャストで演じるのは、松本幸四郎と尾上松也。音楽・照明、大立廻りなど縦横無尽でド派手ないのうえひでのりの演出に、見得を始めとした歌舞伎ならではの技法・音楽、さらに本水での立廻りや宙乗りと、歌舞伎NEXTでしか見られない圧巻の舞台にご期待ください!

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