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公開日:2023年11月24日  
更新日:2023年12月20日

訊きとる力はおもいやり 相手を観察し、想像し、行動する

放送作家、脚本家として活躍される小山薫堂さん。くまモンの生みの親としても知られ、料亭の主人を務めるなど多彩なジャンルへと軽やかに踏み出しつづけています。今回は、小山さんに相手の意見を引き出すための心がけや、表現を伝える上で大切にされていることを伺いました。

クリエイティブの根っこは「気付きのワクワク」

─小山さんが放送作家として活躍されるまでの経緯を教えてください。

 大学1年生の時に先輩に誘われ、ラジオ局でアルバイトを始めました。その中で、放送作家の長谷川勝士さんに出会い、それがきっかけでテレビのプロデューサーにも会う機会ができて、放送作家という仕事につながりました。その後もいろいろな人に出会っては、自分に任された仕事に懸命に取り組み続けて今にいたります。

─まさに偶然から始まった仕事を、今も続けていられる理由はなんでしょうか。

 誰かの人生の局面に関わり、しあわせにできたかもしれない……と感じる瞬間があるからだと思います。僕は、放送作家って料理人のようだと思っています。情報という素材をどう組み合わせたらいいか、素材の魅力を引き出すにはどんな調理法がふさわしいかと試行錯誤したひと皿で、お客様をしあわせにする。テレビの場合、しあわせにできたかどうかが視聴率に表れなかったりしますけどね(苦笑)。

 今、新しい価値観を持つ若手料理人を発掘して後押しする「REDU─35」というコンペティションをプロデュースしていますが、その出場者の中にも僕が企画・構成した番組を見て進路を決めた方がいる。自分の表現が彼らの選択を後押ししたと思うと、やりがいを感じます。

─企画など、クリエイティブとされる仕事に大切なことは何だと思われますか?

 日常を楽しもうと工夫すること自体が、企画につながっていると思います。生活を勝手にゲーム化すると楽しくなりますよ。子どもの頃はみんな、謎のマイルールがあったんじゃないかな。横断歩道は白線以外歩いちゃダメとか。それだけで、ただの道がワクワクする場所に変わる。

 これまで「嵐のワクワク学校」というイベントを企画してきましたが、自分の経験から校訓は「日々ひびこれ気付きづき」としました。ワクワクって、誰かから楽しさを与えられて生まれるわけじゃない。今まで気付かなかったことにハッとしたとき、人はワクワクする。しかも、気付きが生まれる場所が日常に近いほど強くなるから、身近な毎日を見つめなおせる好奇心は大切だと感じます。

観察して想像して行動!が日々を豊かにする

─小山さんがクライアントの考えを引き出す際、大切にされていることはありますか?

 まずは訊く態度をよくすることです。リアクション、合いの手の入れ方、質問の仕方など、相手に気持ちよく話してもらうにはどうしたらいいかを常に考えています。そのためには相手を観察し、心情を推し量ろうとする必要があります。当社では新入社員が入ると、必ず運転手をしてもらっているんです。なぜかというと、都心での運転って「社会で生きるための勘」が鍛えられるんですよ。当社の運転三か条は「前方への予測・後方への思いやり・横との駆け引き」。渋滞しないかな……など先の先まで読んで、後ろにも気を配ってブレーキを踏み、車線変更も横を見てスムーズに。やはり相手を観察して、どれだけ相手の気持ちによりそって行動できるかって、仕事でも日々の暮らしでも大事なことだと思うんです。

─逆に、相手に意見を伝えるときに小山さんが気を付けられていることはありますか?

ラジオを始めた頃からの習慣ですが「自分の意見に触れた人はどう思うか」と考え続けてきました。例えば「今日も雨で嫌ですね」という何気ない言葉を発したとして、雨具をつくっている会社の人とか、たとえ少数でも雨を心待ちにしている人はどう思うかなとか。

 最近で言うと、先ほどお話した若手料理人のオーディション「REDU─35」も、今年7回目にして初めて「グランプリ該当者なし」という結果になりました。審査員団が激論を交わした末の苦渋の決断でしたが、「頑張った料理人を何だと思ってるんだ」とか「審査員の意見が割れただけだろう」といった意見がきました。こちらだって、連日徹夜で審査書類を読んでみんなで準備してつくりあげた大会だからこそ、グランプリを決めたかった。でも、安易な授与によってこれまでの受賞者やオーディションそのものの価値を下げかねないから断念したんです。

 こういう経験をすると、正義の対義語は悪じゃない。それぞれの正義が対立するだけなんだなと実感します。自分の主張に哲学があると思えば凛として伝えればいい。でも、相手の正義を「それは間違ってる」と攻撃してはいけない。炎上の原因はほとんど「自分と違う主張イコール悪」という凝り固まった考え方にあると思います。

 グローバル社会では否定されがちですが、日本人のもつ「あいまいさ」って、社会生活でなかなか役立つ力だと思いますよ。塾の教室ひとつとっても生徒それぞれに正義がある。経営者や先生といった立場の方には、みんなの正義を、ゆるく尊重してあげてほしいですね。意見をくみ取る技術の前に、相手への尊重がなければ意味がないと思います。

─小山さんが大切にされる「相手への尊重」はどのような場面で養われましたか?

 ひとつは、身近に社会的弱者といわれる存在がいたからだと思います。僕の弟はダウン症という障がいがあり、小さいころは歩くことができなかった。彼と過ごすことで、人はそれぞれに事情があり、同じものに接しても感じ方や考え方が違ってくるということを自然と理解したんだと思います。

 常に「自分が弟だったらどうか」といった、別の視点で物事を考える癖がついたことは、今の仕事にも生かされている気がします。地元である熊本を東京から見る、地方から東京を見るとそれぞれの新たな魅力に気付けますし、大学で教えたり、京都の料亭の主人になったりといろいろな立場に立つと、新たな疑問も湧く。企画を仕事にする人間にとって、別の視点を得ることは重要なのかもしれません。

強烈な価値は、誰かの気持ちを動かせたときに宿る

─本当に多様なプロジェクトに関わられていますが、小山さんのどういった力が必要とされていると感じられますか?

 僕の人生ほぼすべてが誰かのお誘いで動いていて、共通しているのは「何とかしてくれそう」といったふんわりした期待かなと……僕自身も「悪いようにはしない」が口癖です(笑)。

 あとは、最終ゴールの設定に力を注ぎ、そこから外れないことは大切にしてます。教育も同じなんじゃないかと思います。例えば、習字って字をきれいに書くことがゴールだと設定することもできるけど、書けるようになってどう楽しみたいのかというゴールにした方が広がりますよね。

─ AIが人の仕事を奪うという話がありますが、奪われない仕事の代表格「企画者」である小山さんはどう思われますか?

 僕は、どんなジャンルでも強烈な価値を提供できる人の仕事はなくならないと思っています。何が人から求められ、自分に何ができるのかは小さい頃から少しずつ探しておかなくてはいけないと思います。AIに代替されにくい価値があるとしたら「情緒的価値」でしょうね。この先、無人コンビニが街にあふれて便利に使っていたとしても「あの店のおばあちゃん元気かな? ちょっと顔見に行こうかな」と思えば、週3回買い物に行くとして週1は行くじゃないですか。気持ちが動くと、人は非効率であっても動かされてしまう。

─たしかにそうですね。では、情緒的価値を提供するには、どんな力が必要でしょうか。

 コミュニケーション能力でしょうね。冒頭から何度かお話しましたが、相手のことを観察し、想像し、行動すること。僕の会社では、社員みんなの誕生日に「バースデーサプライズ」を仕掛けます。例えば、うちの副社長には毎年、周りのみんなが笑えるサプライズを仕込むんです。それは、長年の観察で彼が「周りが笑ってくれることに幸せを感じるタイプ」だとわかっているから。毎年、彼の周りにいる人が笑ってくれることってなんだろうと考えます。ある年のサプライズは、みんなで海に行って、副社長がテンション高く海に飛び込んだ直後にサメが近づいてくるというドッキリ企画。サメの背びれを模したラジコンの準備にクルーザーの手配、ドローンで撮影して短編ドキュメンタリーに仕上げ……相当手間をかけてます。海の中で近づくサメ(ラジコン)におびえる副社長にドッキリを伝え、大爆笑するスタッフを見て、そして、その映像を見た別の方からいじられ、彼は確実によろこんでいました(笑)。

 ここまで大掛かりにしなくてもいいですが、何をしたらこの人がよろこぶだろうと考えることは、コミュニケーション能力を楽しく鍛えてくれると思います。子どもたちにもおすすめです。近くにいる、一番大好きな人をよろこばせることを考えて実現してみましょう。誰か一人を幸せにできれば、それが強烈な価値です。

小山さんが日々愛用している万年筆。原稿の執筆からお礼状書きまで、ほとんどこの1本で書いているという。とても愛着がありレザーポーチに入れて大切に携帯している。

PROFILE | こやま・くんどう

放送作家。脚本家。京都芸術大学副学長。京都の料亭「下鴨茶寮」主人。
1964年熊本県天草市生まれ。日本大学芸術学部放送学科在籍中に放送作家としての活動を開始。「料理の鉄人」「カノッサの屈辱」など斬新なテレビ番組を数多く企画。脚本を担当した映画「おくりびと」で第32回日本アカデミー賞最優秀脚本賞、第81回米アカデミー賞外国語部門賞を獲得。
執筆活動の他、地域・企業のプロジェクトアドバイザー、2025年大阪・関西万博のテーマ事業プロデューサー、日本最大級の料理人コンペティション「REDU-35」の総合プロデューサーなどを務める。熊本県のPRキャラクター「くまモン」の生みの親でもある。

文・岡島梓 撮影・田中秀典
※この記事は2019年12月に掲載されたものを転載しています

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