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公開日:2023年11月24日  
更新日:2023年12月20日

指導者は伴走者 子どもと一緒に考え、悩み、喜び、時には涙して

高校時代には甲子園、そして日本のプロ野球、メジャーリーグでも活躍した桑田真澄さん。現役を引退してからも大学院で学び直すなど、努力家として知られています。少年野球のコーチも務めてきた桑田さんに、子どもとの接し方や自主的な思考の大切さなどを伺いました。

子どもの“なぜ”に答えられる指導者になりたくて大学院へ

現役引退後に早稲田大学の大学院に入った理由は、引退後は自分がお世話になった日本の野球界に恩返ししたいと思ったからでした。本当に野球界の役に立つには選手としての実績や経験に頼るのではなく、スポーツビジネスのノウハウを知り、経営サイドの視点から野球を学び直す必要があるだろうと思ったんです。また、今後若い人にピッチングやバッティングのフォームなどをコーチするうえで、科学的根拠を添えて指導したいという思いもありました。

 野球に限らず日本のスポーツ指導者には、自分の実績と経験に頼る人が多いですよね。僕も、小学生の頃から“バットは最短距離で出して打つ”とか“ピッチャーは走り込みが大切”といった指導を「野球の常識」として教えられてきました。ところが、僕が「なぜそうすべきなのか」という質問をしたときに、きちんと答えてくれる指導者は1人もいませんでした。彼らは「いいからやれ」「昔からそうやってきたんだ」と言うだけで、指導の内容について明確な根拠を示すことができなかったんです。だから僕は、大人になったら子どもの“なぜ”に答えられる指導者になりたいと思っていたんです。実際、僕は子どもたちに野球を教える立場にいますので、個々の練習メニューを始める前には、その練習の目的を伝えるよう心がけています。もちろん今の自分が全ての練習の根拠や目的を理解しているわけではないので、その都度調べたり、時には専門家に質問したりしてから指導することもあります。

 今でこそ特定のテーマについて研究する習慣が身についてきましたが、実は小学生の頃まで僕は勉強が大嫌いでした。学校ではけんかばかりして、問題児だったと思います。でも中学生になったとき、母親に「どういう人生を送りたいの? 明確な目標を持ったら?」と言われました。この言葉をきっかけに、僕は「PL学園と早稲田大学に行ってから巨人のエースになる」という目標を持ったんです。それ以来、僕は真面目に勉強に取り組むようになりました。授業中にわからないことがあると、先生に積極的に質問するようになりました。些細な努力かもしれませんが、今まで解らなかったことが理解できるようになると「勉強はこんなに楽しいのか」と思うようになりました。同時に、努力する楽しさにも気づくことができました。

 僕は、勉強もスポーツも同じだと思うんです。子どもたちによく言うんですけど、「君たちはできないのではなく、まだやり方を知らないだけ。やり方さえわかれば簡単にできるようになるよ」と思っています。スポーツも勉強も、理解してできるようになればどんどん楽しくなる。だから我々大人たちは子どもたちが早く理解し、早く楽しめるよう手助けをしなければならないと思います。「君が上手になるにはこうすればいいんだ。なぜなら理由はこうだから」。そんな言葉をかけるためにも、僕たち大人は勉強を続けなければいけないんです。

大切なのは猛練習じゃなく個々に合った方法を導くこと

甲子園では通算6本の本塁打を放っている。

 自主的な練習方法を取り入れるきっかけになったのは、高校1年の頃です。夏の甲子園で優勝した際に“再び甲子園で優勝するために必要なのは、長時間の練習や投げ込みではない。いつもベストな体調で試合に臨むことと、狙ったところに投げ切るコントロールの高さ”だと感じたんです。

 甲子園で優勝した後に、全日本に選抜されてアメリカ遠征へ行ったんですが、僕ら日本チームは試合開始の数時間前から一生懸命練習していたのに対し、アメリカチームは、試合開始の30分ぐらい前にやっと到着しました。そして短時間でウォームアップすると、キャッチボールをしただけで試合に臨んでいました。僕らとは全然違うスタイルでしたが、アメリカチームは強かったんです。彼らが何を考えているのか気になったので、相手選手に尋ねてみました。すると、「大事なのは試合前の練習ではなく試合だろ?」と言われました。その後観戦したメジャーリーグでも、選手たちは音楽に合わせてリラックスして練習していたのに、試合本番ではとにかく集中していました。長時間の猛練習ではなく、オンとオフをスパッと切り替えることの重要性を目の当たりにしたんです。

 そこで帰国後、PL学園の監督に対して全体練習を3時間に短縮するという提案をしました。最初はとても驚かれましたが、甲子園に行くことを条件に受け入れてもらいました。

 僕はいつも思っているんですが、野球で基本や常識はもちろん大事です。でももっと大切なのは、その基本や常識の練習法が自分に合っているのかを検証する習慣です。フォームも練習方法も、選手一人ひとりがうまくなるには自分らしさが大切だと思っています。

 だから、子どもたちには「失敗を恐れなくていい。どんどんやりたいと思ったことをやって、たくさん失敗しなさい。その経験がすごく役に立つんだよ」と伝えています。何か壁に突き当たってるな、と感じた子どもには、とにかく本人と話をするようにしています。保護者やチームメイトの前では話しにくいだろうから、2人だけになるタイミングを作り、彼らが何に悩み、どうしたいのか聞き出してあげる。大人は対処法がわかっているから「ああしろこうしろ」と言いがちですが、あくまでも「何が問題なの?」「どうしたいの?」とひたすら聞いてあげる。解決法を全部教えるのでなく、導いてあげることが重要です。

指導者は伴走者であるべき子どもの横に立ち、寄り添う

時おり笑顔を交えて話す桑田氏。

 子どもと話す際には正面から相対するのではなく、横に立つことを意識していますね。前から向き合うと面談みたいで緊張すると思うので、グラウンド整備の際に横に並んで一緒に作業をしたり、座って話すにも横に寄り添うことを心がけています。指導者というのは伴走者であるべきだと思うんですよ。現役を退いて指導者になる際、コーチの語源を調べたんです。ハンガリーのコチという村で作られる馬車が由来で、「大切な人を目的地までしっかり送り届ける」という意味があるそうです。子どもたちの目的地、つまり目標はそれぞれ違うわけですから、個々の目標をしっかりと見定めて、一緒に考え、悩み、喜び、時には涙しながら伴走する姿勢が大切だと思っています。

 同時に、大人からの声掛けはとても重要だと思います。30点しか取れない子がいても、決してダメだとは思いません。40点を目指せばいいんです。「40点を目指して頑張ってる君はすごいぞ、格好いいな」なんて言葉をかけるだけでも、やる気が違ってくると思います。あるいは、どこか1つでも得意分野を見つけて「君は国語が優秀だね。これで英語もできたらすごくない?」と声をかければ、英語に興味を持ってくれるかもしれません。どのタイミングで、どんな言葉をかけるのか。それを考えるのはとても大切なことだと思います。

 とはいえ、子どもの自発的なやる気を引き出すのは大変ですよね。ではどうしたらいいか。それには“自分でどうしたいのかを決めさせ、言動に責任を持たせる”ことが大切です。僕は練習に身が入らない子がいたら「練習に集中できてないみたいだし、今日はもう帰った方がいいんじゃないか?」と言います。すると大抵の子は「大丈夫です、頑張ります」と答える。「集中できないとケガをするかもしれないよ。本当に大丈夫?」「はい、ちゃんとやります」「よし、自分でやると決めたんだからできるよな」という具合に意思を確認します。決して「やめろ」とか「帰れ」とは言いません。

 ただ、大人の言うことを聞いて動くだけでは何の身にもならない。練習や勉強の意味を理解し、自分で決めて納得し、自発的に実践してこそ、きちんと身につくものだと思います。

プロ通算173勝をあげた指先。
アメリカ遠征でオンとオフをスパッと切り替えることの重要性を目の当たりにしたんです。

PROFILE | くわたますみ

1968年兵庫県西宮市生まれ。野球解説者、野球評論家。PL学園高校で5季連続甲子園大会に出場し、通算20勝しエースとして活躍する。1985年、読売巨人軍にドラフト1位指名で入団。プロ入り2年目に15勝するなどし沢村賞を獲得、94年には年間MVPに選ばれた。1995年に右肘靭帯断裂の重傷を負い一時戦線を離脱するが、手術を受けて1997年に復帰。2002年最優秀防御率。2006年にはメジャーリーグへ挑戦を表明し、ピッツバーグ・パイレーツに入団。2007年6月にメジャー初登板。2008年に現役引退。2010年に早稲田大学大学院スポーツ科学研究科修了。現在は東京大学大学院総合文化研究科で特任研究員として研究を続けている。野球解説、評論、執筆活動、講演活動も行っている。

文・野岸泰之 撮影・中西裕人
※この記事は2018年12月に掲載されたものを転載しています

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