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この記事では、「世界遺産」の時事解説を小学校高学年~中学生にわかりやすく説明します。授業の合間に話すネタ、関連事項を解説する際の資料などとしてご活用ください。
アイキャッチ画像出典:「佐渡島の金山」写真ギャラリー(https://www.sado-goldmine.jp/photo_gallery/)
「佐渡島(さど)の金山」世界遺産に登録決定
2024年7月、ユネスコ(国連教育科学文化機関)の世界遺産委員会で、「佐渡島(さど)の金山」(※)を世界遺産の文化遺産に登録することが決定されました。日本からの世界遺産の登録は3年ぶりとなります。「佐渡島の金山」とはどのような所で、なぜ世界遺産に登録されたのでしょうか。そもそも、どのようなものが、どのような手続きで世界遺産に登録されるのでしょうか。
(※)「佐渡島」は、島の名前としては通常「さどがしま」または「さどしま」と読みますが、世界遺産の名称としては「佐渡島」と書いて「さど」と読むことになっており、そのことを示すために「佐渡島(さど)の金山」と表記されることがあります。
「佐渡島の金山」ってどのような遺産なの?
「佐渡島の金山」は、新潟県の佐渡島にある鉱山跡で構成される世界遺産です。佐渡島は新潟市の西方約45kmの沖合に位置する島で、新潟港から佐渡島の両津港まで高速の水中翼船(ジェットフォイル)で約1時間かかります。雄大な自然景観と天然の良港に恵まれる島であると同時に、長年にわたり日本の金生産の中心として存在してきました。
佐渡島には、世界遺産の構成資産として登録された「西三川砂金山」と「相川鶴子金銀山」を中心に、確認されているだけで約30の鉱山が分布していました。19世紀半ばまで手工業で金の生産を行い、17世紀には量・質の両面から世界有数の金生産を誇りました。産出された金は江戸幕府の財政を支え、さまざまな芸術作品などにも使われてきました。
16世紀以降、世界では鉱山開発の機械化が進みましたが、日本では江戸時代の鎖国政策で諸外国との交流が制限された結果、佐渡島の金山は機械化されずに手工業で生産が続けられました。それにもかかわらず、高い掘削・測量技術や精錬技術により、機械化された鉱山を上回る純度と世界最大級の生産量を誇りました。
そして、江戸幕府による長期的・戦略的な鉱山経営のために、日本各地から鉱山の専門技術者が多数集められ、これらの人々によって信仰・芸能・祭礼などの民俗文化も育まれました。こうした点が世界遺産の登録基準に合致すると判断されました。
ただ、世界遺産登録までには長い年月がかかっています。新潟県と佐渡市が2007年に世界遺産暫定一覧表入りを目指して資産候補提案書を提出してから、世界遺産に登録されるまで、実に17年かかっています。2022年に推薦候補に選ばれるまでに構成要素の見直しも行われてきました。また、近代において朝鮮半島出身の労働者が強制的に働かされた場所であるとの韓国からの反発もありました。そうした経緯もありながら、地元関係者の長年の働きかけが実る形で登録に至りました。
世界遺産に登録されるまでの流れは?
では、世界遺産は、どのように登録されるのでしょうか。
世界遺産は、最終的にはユネスコの世界遺産委員会で登録の可否が決定され、登録が決定したものは「世界遺産一覧表」に記載されます。そこに至るにはまず、各国が世界遺産委員会に提出する「世界遺産暫定一覧表」に記載されなければなりません。「世界遺産暫定一覧表」とは、それぞれの国の政府が今後推薦を予定している地域のリストです。その後、国内で推薦書の準備が進められ、国が決定した候補地の正式な推薦書が世界遺産委員会に提出されます。
推薦書の提出後は、諮問機関(イコモス〈国際記念物遺跡会議〉またはIUCN〈国際自然保護連合〉)の専門家によって、約1年半にわたり現地調査を含むさまざまな審査が行われます。審査後、諮問機関は世界遺産委員会に、候補地が①記載、②情報照会、③記載延期、④不記載のどれに該当するか「勧告」をします。
「情報照会」「記載延期」と勧告された場合には、追加情報の提出を求められたり、推薦書の本格的な改定が必要になったりします。諮問機関による審査や現地調査なども再度行われます。
一方、「不記載」と勧告され、世界遺産委員会でも「不記載」と決定されると、例外的な場合を除き、その候補地を再び推薦することはできなくなります。世界遺産委員会は諮問機関の勧告どおりに決定することがほとんどであるため、諮問機関から「不記載」の勧告があった段階で、推薦を取り下げるケースが多くなっています。日本が推薦した候補地でも、「武家の古都・鎌倉」が2013年に「不記載」の勧告を受けたため、推薦を取り下げて、現在、再挑戦のための対策が練られています。
世界遺産の種類は?
そもそも世界遺産とは、どのようなものなのでしょうか。
世界遺産とは、1972年にユネスコで採択された「世界遺産条約(世界の文化遺産及び自然遺産の保護に関する条約)」に基づき「世界遺産一覧表」に記載されている物件で、建造物や遺跡などの「文化遺産」、自然地域などの「自然遺産」、両方の要素を兼ね備えた「複合遺産」の3種類があります。
同条約は、人類全体の遺産を損傷や破壊などの脅威から保護し保存していくために、国際的な協力・援助の体制を確立することを目的にしており、世界遺産とは「顕著な普遍的価値」を有するものであるとしています。
日本で登録されている世界遺産はどのくらいあるの?
世界遺産に登録(一覧表に記載)されるのは、世界遺産条約を締約している国の物件です。2024年9月時点で196カ国が条約を締結しており、1223件(文化遺産952件、自然遺産231件、複合遺産40件)が世界遺産として登録されています。
日本は1992年に条約を締結し、1993年に初めて文化遺産として「法隆寺地域の仏教建造物」と「姫路城」、自然遺産として「屋久島」と「白神山地」が登録されました。以後、全国各地の遺産が登録され、「佐渡島の金山」の登録によって、日本の世界遺産は26件(文化遺産21件、自然遺産5件、複合遺産なし)になりました。
世界遺産に登録されると、多くの観光客が訪れるようになります。その結果、ときとして、地域住民の生活や自然環境、景観などに負の影響をもたらすオーバーツーリズム(観光公害)の問題を引き起こします。交通渋滞や公共交通の混雑、ごみの投げ捨てなどが代表例です。
世界遺産は、構成資産が十分な保護措置を受けていることや、構成資産周囲の良好な環境を保全・形成するための施策が講じられていることも選定基準とされており、登録後もそれを継続することが求められています。しかし、オーバーツーリズムの問題などから環境が損なわれてしまうこともあります。
その対策として、例えば富士山では2024年7月から新たな規則が導入されました。登山者に対して2000円の通行料を課すほか、1日当たりの入山者上限を4000人とする取り組みが山梨県側で始まっています。また、富士山の環境保全や安全対策に充てる目的での任意の保全協力金も集められています。
1 | 法隆寺地域の仏教建造物 | 奈良県 | 1993 |
2 | 姫路城 | 兵庫県 | 1993 |
3 | 屋久島 | 鹿児島県 | 1993 |
4 | 白神山地 | 青森県・秋田県 | 1993 |
5 | 古都京都の文化財(京都市、宇治市、大津市) | 京都府・滋賀県 | 1994 |
6 | 白川郷・五箇山の合掌造り集落 | 岐阜県・富山県 | 1995 |
7 | 原爆ドーム | 広島県 | 1996 |
8 | 厳島神社 | 広島県 | 1996 |
9 | 古都奈良の文化財 | 奈良県 | 1998 |
10 | 日光の社寺 | 栃木県 | 1999 |
11 | 琉球王国のグスク及び関連遺産群 | 沖縄県 | 2000 |
12 | 紀伊山地の霊場と参詣道 | 三重県・奈良県・和歌山県 | 2004 |
13 | 知床 | 北海道 | 2005 |
14 | 石見銀山遺跡とその文化的景観 | 島根県 | 2007 |
15 | 小笠原諸島 | 東京都 | 2011 |
16 | 平泉‐仏国土(浄土)を表す建築・庭園及び考古学的遺跡群‐ | 岩手県 | 2011 |
17 | 富士山‐信仰の対象と芸術の源泉‐ | 山梨県・静岡県 | 2013 |
18 | 富岡製糸場と絹産業遺産群 | 群馬県 | 2014 |
19 | 明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業 | 福岡県・佐賀県・長崎県・熊本県・鹿児島県・山口県・岩手県・静岡県 | 2015 |
20 | ル・コルビュジエの建築作品‐近代建築運動への顕著な貢献‐ | 東京都 ※フランス・ドイツなど全7カ国の構成資産の一つ。 |
2016 |
21 | 「神宿る島」宗像・沖ノ島と関連遺産群 | 福岡県 | 2017 |
22 | 長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産 | 長崎県・熊本県 | 2018 |
23 | 百舌鳥・古市古墳群‐古代日本の墳墓群‐ | 大阪府 | 2019 |
24 | 奄美大島、徳之島、沖縄島北部及び西表島 | 鹿児島県・沖縄県 | 2021 |
25 | 北海道・北東北の縄文遺跡群 | 北海道・青森県・岩手県・秋田県 | 2021 |
26 | 佐渡島の金山 | 新潟県 | 2024 |
「負の世界遺産」についても知ろう
世界遺産の中には、俗に「負の世界遺産」と呼ばれるものがあります。世界遺産委員会が分類しているわけではありませんが、戦争や人種差別など人類が犯した過ちを伝え、そのような悲劇を再び起こさないための教訓となる遺産がそう呼ばれています。
例えば、日本から登録されている「原爆ドーム」は、人類史上初の原子爆弾による被爆の惨禍を伝える歴史証人であり、核兵器廃絶と世界恒久平和の実現を求める象徴となっています。そのほかにも、第二次世界大戦中にナチスによってユダヤ人大量虐殺が行われた「アウシュヴィッツ・ビルケナウ ナチス・ドイツの強制絶滅収容所」(ポーランド)、奴隷売買が行われてきた「ゴレ島」(セネガル)、白人支配に抵抗した黒人活動家が収監された「ロベン島」(南アフリカ共和国)、1946年以降核実験が行われた「ビキニ環礁核実験場」(マーシャル諸島)などが負の遺産として挙げられます。
負の遺産は、世界遺産にどのような意味があるのか、どのような価値があるのかを、さまざまな角度から考えるときのヒントともなるでしょう。
ポイントを確認しよう
世界遺産に登録されると、世界的に注目を集めます。その国や文化・自然が広く知られていくきっかけとなり、地域や国全体の観光戦略にもプラスになります。その一方で、オーバーツーリズムの問題が発生したり、保全に今まで以上に注意を払わなければならなくなったりするなどの課題もあります。過去には登録が取り消された世界遺産もありました。また、世界には紛争や環境の悪化、都市開発などによって危機的な状況にさらされている遺産(危機遺産)もあります。人類の歴史の証を次世代につなぐためにどのように守っていくか、登録されてからが本当のスタートともいえるでしょう。
執筆:NPO現代用語検定協会
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