「認知特性」とは、見たり、聞いたりした外から入る情報(インプット)を、脳内で整理・理解し、記憶し、表現(アウトプット)する能力。これは人それぞれ傾向が異なり、同じ情報を見聞きしても情報処理の仕方はさまざまです。
この認知特性の研究に携わり、自分の認知特性がわかる「本田40式認知特性テスト」を開発された医師で本田式認知特性研究所の代表である本田真美さんと、コーチングアーキテクトの粂原圭太郎さんに、認知特性を知ることがどのように学びに役立つかを伺いました。
認知特性とは思考の「好み」
——認知特性について詳しく教えてください。
「認知特性とは、私はよく「思考の嗜好(しこう)」という言い方をしていますが、その人にとって『考えやすい考え方』といったことです。そのため優劣があるものではありません。人それぞれ、状況や場面によって使い分けしているものです。
私はセミナーなどで認知特性を説明するとき、写真やイラストを多用した自己紹介のスライドを使っています。そしてセミナーの最後、そのスライドを元に「私のこと、家族のことで思い出せることを文章でも、絵でもよいのでできるだけ多く書き出してください」というような問題を出しています。これは初見の情報を『文字を示し、口頭でも説明する』、『写真・イラストを示し、口頭でも説明する』、『口頭でのみ伝える』、『口頭で伝えず文字だけ示す』と、さまざまな形で提示することで、その人にとって何の情報が一番記憶に残っているかを認識してもらうものです。
ここで、視覚的な傾向が強い人は見たものが特に記憶に残り、言語傾向が強い人は書いてあることを思い出す。聴覚が優位な人は、余談のように話した内容が思い浮かびます。無意識に自分がどういうインプットをしているか、自分の認知特性を知ることができるのです」(本田さん)
——そもそも本田さんが認知特性に興味を持ったきっかけはなんですか。
「私の夫は広告のアートディレクターなのですが、新婚当時、青いセーター事件というのがありまして……。彼からプレゼントされた青いセーターを着て家で出迎えたとき、「僕はその青いセーターが嫌い」と言ったんです。なぜかというと、前年の冬、私が作った青椒肉絲がおいしくない、とケンカしたのですが、その時に私がそのセーターを着ていて、横のテレビではヒトラーの顔が映っていたと。だから彼は時間がたってもそのセーターを見ると、私の怒った顔とヒトラーと青椒肉絲が思い浮かぶと言うのです。私はそんなこと何も覚えていないのに、そんな風に夫が記憶していることに興味を持ち、認知特性の研究を始めました」(本田さん)
——インパクトのあるきっかけですね。では、認知特性のそれぞれのタイプについてお聞かせください。
「認知特性は6つのタイプに分けることができます。
視覚的な感覚が優位なタイプが『カメラタイプ』と『3Dタイプ』です。夫がカメラタイプで写真を撮るようなイメージで物事を記憶しています。3Dタイプはさらに映像のように物事を記憶します。この二つのタイプの違いは道を覚えるか、覚えていないかでも分かれたりします。
言語優位も二つに分けていて、『ファンタジータイプ』は右脳(視覚)と左脳(言語)が上手に使える人で、言葉を映像化するのも、映像を言語化するのも上手です。私は次の『辞書タイプ』なのですが、勉強したり、文字や数字・要点をまとめたり、図式を作るなどが得意なロジカルなタイプです。
聴覚タイプには『ラジオタイプ』と『サウンドタイプ』があります。文字を読むより、声を吹き込んで、言葉を聞いて覚える方が得意なため、リスニング教材は『ラジオタイプ』の人じゃないとあまり効果が出ないと思います。『サウンドタイプ』は、言語的な情報がない音の理解に優れ、絶対音感やモノマネが得意な人が多いです」(本田さん)
——人それぞれ、同じ情報でも理解するやり方が違うのですね。子どもの認知特性を見抜き、学力や能力を伸ばす方法はありますか。
「『遊び』に認知特性は表れるように思います。子どもはみんな遊び方が違うので。与えられたものじゃなくて、生まれ持っている遺伝的な部分で遊び方が決まってくると思います。幼児期、まだ言葉を覚えていない段階から成長するにつれ、言語的な側面に変わったりもしてきますね。
もちろん、その子の認知特性に合わせた勉強法で学ぶ方が、効率よく学べます。学校の先生が『ラインマーカーを引け』と言っても、それは先生のやりやすさであって、10回書いた方が覚えやすい人もいれば、10回読んだ方が覚えやすい人もいます。子どもが最初に出会う小学校、中学校の先生がこの考え方を知っていないと、子どもたちは勉強へのやる気を失ってしまいますよね」(本田さん)
首を骨折したことから見つけた勉強法
——粂原さんにお聞きしますが、認知特性を知るきっかけをお聞かせください。
「僕は、勉強が得意と見られることも多く、京大に主席で合格できましたが、運の要素もとてもあります。そもそも僕は、高校2年生の夏頃、首を骨折しまして……。受験の大事な時期にひたすら上を向いて、寝ていなければならないという1カ月間を過ごしました。勉強をどうするか困ったのですが、音声教材を聞くことならできるので、それだけやったんです。結果、そのやり方が僕にとても合っていて、成績がすごく伸びました。勉強にはやはり効率的な方法があって、特に耳から聞く方法というのは効果が高い、とその時は思いました。そこで大学に入ってから、勉強のやり方を教える塾を立ち上げて、耳から覚える方法をたくさんの生徒にすすめたんです。しかし、すごく伸びた生徒もいれば、あまり伸びない生徒もいて……。それはなぜかと考えていたとき、本田先生のご著書に出合いました。そこで認知特性というものが人それぞれにあり、僕の場合はそれが聴覚だったということが分かり腑に落ちたんです」(粂原さん)
——学習塾の教育方針は、認知特性という考え方を知ってから変わりましたか。
「そもそも僕は、脳科学的に効果が高い勉強法を集めるのが好きだったので、さまざまな勉強法をすすめていましたが、『やっぱり耳からの勉強法をやらなきゃ』という思いが強かったと思います。なので認知特性を知ってからは、今までの勉強のやり方と得意教科を聞き、研究所で作った認知特性のテストを受けてもらってから、その子のタイプに合わせた勉強法をアドバイスするようになりました」(粂原さん)
——子どもの特性に合わせた教材のすすめ方はありますか。
「さまざまな教材をすすめることもよいですが、最後は本人の『これが好き』という気持ちを尊重することが大事だと思います。僕も以前までは、その子の特性にあった教材を僕が決めていましたが、最後は本人がそれをやるかやらないかを決める方がモチベーションも高まることを知り、それからは生徒それぞれの判断に任せています。
また何事もそうですが『押し付けない』。押し付けられた瞬間から、それは義務となってしまい、自分から能動的にやったことにはなりませんから」(粂原さん)
保護者の的確なサポートが子どもの能力を伸ばす
——本田さんにお聞きしますが、実際に子育ての中で認知特性を意識された場面をお聞かせください。
「私はずっとロジカルに勉強をやってきて、ノートをまとめるのも得意で成績も良く、『勉強はやればできるものだ』と思い込んでいました。そのため、子どもにはしっかり勉強させようと奮起していましたが、息子は小学校受験の教室でぜんぜん集中できないんです。小学校受験とは、実は言語的にロジカルな部分を見ているのですが、彼が唯一得意だったのは積み木を数える問題や、展開図からどのようなサイコロができるかといった問題です。そういえば2歳の頃、『花火は横から見るとどう見えるの』と聞いてきて、立体的にものを考えるんだな、と気づいたことを思い出しました。後から納得しましたが、彼は視覚優位の3Dタイプだったんですよね。だからしりとりや逆さ言葉などは全然しませんでしたが、ブロックはとても得意でした。小学校に入ってからもいわゆる勉強をせず、段ボールなどを使って何か作ることばかり熱中して。そのうち洋服のリメイクもはじめました。だから娘が生まれた時、娘は言語的に育てたかったのですが、最終的に彼女も視覚的な人になりましたね」(本田さん)
——言語優位の本田さんが視覚優位のお子さんを育てるのは、戸惑いが大きかったのではないしょうか。
「戸惑いばかりです。私の両親はやはり言語優位で、私は言語でやり取りをして評価される中で育ってきました。そのため、私の感覚で子どもたちと関わることがとても難しく、『どうして言ってもわかんないんだろう』ということばかり。私が考える「勉強」に諦めがつくまで、しばらくかかりましたね。
でも、それが良かったと思います。息子は中学2年生の時に『洋服を作りたい』と言い始めて、そこから彼はパターンも習わずに、自分で全て立体裁断をして洋服を作っています。とても立体的なデザインで、パターンに展開せず、自分の頭の中で作っているのかと思うと『三つ子の魂百まで』なんだなと思います。彼は好きなことを見つけて、その道を進んでいるので、好きなことを潰さないで育てるという、認知特性を知っていてよかったです」(本田さん)
——本田さんは、お子さんの才能をさらに伸ばすため、ご夫婦でどのようなサポートされましたか。
「社会で生きていく上で、いわゆる「勉強」も絶対しなくてはなりません。しかし、近年は大学もAO入試がありますし、秀でた一芸を伸ばしてあげることで道も開けます。息子は洋服でさまざまな賞を取り、その実績からAO入試で筑波大学に入学し、ウィーンへの留学も決めています。
夫が特にフォローしていたのは、『相手に伝える』ということです。相手に説明するというのは、やはり言葉じゃないと伝えられません。そのため言語的にプレゼンテーションする力を徹底的に中学・高校で身に付けさせていました。あと、夫が広告代理店勤務ということもあり、見せ方やプレゼンテーションの仕方、コンセプトの作り方をサポートしていましたね。洋服は勝手に作るため、苦手な部分を補うという感じでした」(本田さん)
——粂原さんは、ご自身が受けてこられたご両親の教育をどう思われますか。
「僕は小さい頃から視覚系のことがとても苦手で、絵画教室に行った時期もありました。教室は教室で楽しかったのですが、1年で辞めてしまいました。今思うと、それを無理に続けさせられていたら、多分勉強も伸びていなかったと思います。他にも両親がいろいろサポートしてくれました。親御さんは子どもが苦手なことをいかに得意にするかを考えるより、いかに苦手なことは最小限にして得意なことを続けられる環境にするかに注力することが大切だと思います」(粂原さん)
違いの排除から認め合う方へ。そして答えのない問題に挑む
——最後に、これからの教育についてお考えをお聞かせください。
「私が思うのは、考えられない子どもが多いということです。答えがないものに対して答えを見つけるというのでしょうか。答えのない時代に、答えがない状況をどう打開していくか。その力がまだまだ足りないように感じます。まさにアクティブラーニング。自ら能動的に問題解決へのアプローチを見いだしていく方法ですね。この力は単なる「お勉強ができる」ということとはちょっと違うと思います。
この自ら考える能力の部分が評価をされると、救われる子どももいるのではないか、と思っています」(本田さん)
「まず認知特性という観点から考えると、以前よりこの考え方は普及してきたと思っています。(本田認知特性研究所の)公式LINEも導入から2年ほどたちますが、一度でも友だち登録した人はもう17万9千人に上ります。ただご自身の特性を知るだけで終わってしまっているので、人それぞれ自分に合った学び方があり、得意なことが違うということを、もっと知ってもらいたいです。
僕は『みんな違って、みんないい』という言葉が好きで、違いがあるということをまず知って、違いを認めることができるようになると、いろいろな問題が解決すると思っています。それこそ人間関係にも大きく関係すると思います。どんどん多様化する世の中、違いがあるという前提をわかった上で、その違いを認められるような、そういう子どもを育てる教育に変わっていけばいいな、と思います」(粂原さん)
PROFILE |本田真美
医学博士、小児科専門医、小児神経専門医。本田式認知特性研究所 代表。「みくりキッズくりにっく」「あのねコドモくりにっく」院長兼務。公益社団法人日本小児科医会 理事、日本小児診療多職種学会 理事長。『子どものほんとうの才能を最大限に伸ばす方法』(河出書房新社)、『「頭がよい子」になるヒント』(自由国民社)、『医師がつくった「頭のよさ」テスト』(光文社新書)など著書多数。
PROFILE |粂原圭太郎
株式会社iMotivations代表取締役、完全個別オンライン指導塾「となりにコーチ」代表、ソーシャルデータバンク株式会社 顧問、株式会社Freedom Freaks 経営顧問。京大経済学部に首席合格後、オンラインでの受験指導を開始。『やる気と集中力が出る勉強法』(二見書房)、『偏差値95の勉強法』(ダイヤモンド社)は、中国、台湾、韓国でも出版されている。小学生から小倉百人一首競技かるたを始め、第65〜67期 名人位。
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